~ Je te vuex ~5








覚悟を決めなければいけない日がやってきた。


前回の逢瀬から一月半ほどが過ぎていた。時間をどうにか作ることができて、今、日向は岬の家に向かっている。既に岬の住むアパートの最寄り駅で降りて、徒歩で向かっているところだった。メールで到着予定時刻を告げておいたから、岬も日向が着くまでに家に戻っている筈だ。
陽が傾いてから2時間は経っていた。空は宵闇に覆われ、星が瞬いているものの辺りは暗い。街灯で照らされてはいるが十分な光量のないその道を、日向はコートのポケットに手を入れて、黙々と歩いた。

ただ、その足取りはいつもに比べれば重かった。今日はどうしたってハッキリさせなくてはいけないことがある。
まずあの写真の男たちのこと。それから、自分のこと。
ただ、こういった色恋沙汰には不慣れな日向であるから、どうやって切り出そう・・・と考えると、その難しさに困り果ててしまうばかりだ。


「ちょっと、離してよ!」

ようやくアパートの建物が見えてきたとき、辺りに響くような声が聞こえた。日向はその声に聞き覚えがある。岬の声に間違いなかった。
目を凝らせば、外階段の下で揉み合う二人の人間の影が目に入る。日向はその場で立ち止まった。

「何で急に会わない、とか言うんだよ。しかも着拒にしやがって」
「言ったでしょ。僕はもう、君に用は無いの。早く帰ってよ。待ち伏せなんてして気持ち悪い。サイテーだよ」
「・・・お前、人を馬鹿にするのも大概にしろよ」

思ったとおり、一人は岬だった。可愛らしい顔を歪めて、怒りに目を吊り上げている。もう一人は岬よりも頭ひとつ大きい男で、もしかしたら写真の男たちの一人かもしれなかった。
突然の修羅場に戸惑った日向だったが、男が岬の腕を捻り上げて「痛い!」という悲鳴が聞こえてきたところで、何も考えずに走り出した。

「そいつに何してんだよッ!」

岬を捕まえる男の腕を、今度は日向が掴み上げた。突然の闖入者に驚いた男の手から自由になった岬は、少しよろついて階段の手すりにもたれたが、日向がいることに気がつくと「・・・小次郎!」と嬉しそうな声を出して駆け寄ってくる。

男は近くで見れば、精悍な顔立ちをした、黒髪短髪の鍛えられた身体つきをした男だった。身長も、日向より幾らか高いようだ。
岬に乱暴しようとした男を日向が睨みつければ、相手も同じように睨めつけてきた。二人の視線がぶつかるが、どちらも目をそらそうとはしなかった。

「なんだよ、てめぇは。関係ない奴が口出ししてくるんじゃねえよ。・・・それとも、お前がこいつの新しい間男か?」
「・・・なッ!」

男のあまりな言い様に、日向は激昂して 『間男はお前の方だろう!』 と怒鳴り返そうとした。だがその前に岬の口から迸った強い非難の言葉に、それは喉元で儚くも消え失せてしまう。

「失礼なこと言わないでよ!小次郎は僕の嫁だよ!こんな可愛い子に間男だなんて、よくもそんな酷いことが言えるねっ!」
「・・・・・」
「・・・・・」

タイミングとしても、出てくる単語としても、最悪だろう・・・・、と日向でなくても思う筈だ。

案の定、相手の男は胡乱な顔をしてこちらを見ている。

「・・・嫁って。・・・いやいや、お前がコイツ、この男前」 といって日向を指差し、「・・・の嫁、の間違いだろ?」 と今度は岬を指差す。

「違うよ、何言ってるの。ほんと頭悪いなー。一度で分かってよ。この子は僕の嫁。可愛い嫁。つい先日、嫁を貰ったんですうー。分かったら、さっさと帰って。邪魔なんだよ」

毒舌だな、おい        と、突っ込む気力も無かった。頼むからやめてくれ、と日向は思う。
二人きりでいるときならともかく、他人の         しかも、どう見ても岬とただならぬ関係にある男の前で 『嫁』 だなどと、恥ずかしすぎていたたまれない。

「うっそだろぉ。だってお前・・・・」

そこまで口にして日向を振り向いた男は、「・・・顔、真っ赤だぜ。大丈夫?アンタ」とさっきの恫喝もどこへやらで、羞恥に目を潤ませてふるふると震える日向を覗き込んでくる。

「小次郎は大丈夫です。僕が面倒みるんで。僕の嫁なんで。それより早く帰ってってば。近所迷惑だし、僕はこの子と早く二人でゆっくりしたいの」
「ちょっと待て。問題をすり替えるんじゃねーよ。今はコイツは関係ねえだろ。俺とお前の問題を言ってんだろ。大体、コイツがお前の嫁っていうふざけた話も、納得できる訳ねえだろうが」
「・・・・分かった。ちょっと来て、小次郎」
「・・・え。ちょ・・、ちょっと、岬!」

目の前の現実から半ば逃避して、ぼんやりとしていた日向の腕を掴むと、岬はそのまま日向を引きずるようにしてアパートの階段を登り始める。

「今から僕と小次郎はスルから、それ見たら納得して帰ってよ。その代わり家には入れないからね。ドアの外から眺めるだけだからね」
「・・・みさきっ!」

何を言っているのかと思う。

「ちょ、ちょっと待て!落ち着けよ・・・みさき!」
「ごめんね、小次郎。僕だって可愛い君をあいつに見せたくなんかないけど、納得して早く帰ってもらわないと、邪魔でしょうがないし」

まさか、この男がいる前で、しかも扉をオープンにしたままという訳の分からない状況で、自分はされなくちゃいけないのか        !? と日向がパニックに陥っている間も、岬は可愛らしい見た目からは信じられないほどの怪力を見せて階段を上がり続ける。男も最初は吃驚したように目を見開いていたが、今は興味津々といった顔をして二人についてくる。

「ちょっと!や、やめろって!駄目だって・・・っ」
「だあめ。すぐ終わらせるからね。だって、ほんとに早く、二人きりでゆっくり過ごしたいんだもん。」

これは本気だ、このままでは確実にこの男に見られてる前でヤラれる・・・!            そう確信するに至ってしまった日向は、藁にもすがる思いで、こうなった元凶の男に助けを求めた。

「お前っ!そこでニヤニヤしてないで助けろよっ!大体こんなことになったのも、てめえのせいだろッ」
「・・・・小次郎。」
「えー。俺、そんな無粋なことしない。楽しそうだし」

へらへらと笑いながらついてくる男が思ったより軽そうで、助けは到底望めなさそうなことが日向にも分かった。
それと何が気に障ったのか、岬が目尻を吊り上げて怒りを顕わにし、日向を睨んでいることも。



日向は自分が地雷を踏んだらしいことに、ようやく気がついた。




******




結果として、第三者に視姦されることだけは、回避することができた。

『男前くん、こうして見ると結構そそるよね。どうせなら俺も混ぜてよ』と言い放った男のその台詞が、岬の逆鱗に触れたからだった。

その時の岬の怒りはすさまじく、日向がこれまでに見たこともないほどのキレっぷりだった。








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